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面白いだけに惜しい【映画『アイの歌声を聴かせて』感想解説】

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最近では珍しい高度なAIを好意的に扱う映画であり、高校生の青春ものにミュージカルとAIの要素を加えるという、一見力技のように見えつつそれが無理なく成立する独特の魅力を持つ『アイの歌声を聴かせて』。
AIが意思を持つ、AIが意思を持ったのかもしれないといった話が好きな人に刺さりそうな内容で、テンポよく話が進むのもあって面白いと思える映画でしたが、個人的には『面白いけど刺さらない』という評価がしっくりくる映画でした。
何故そう思ったのかを映画の内容を振り返りつつ書いていくので、ネタバレを避けたい方はご注意ください。

内容について

公式のイントロにもあるようにこの映画にはミュージカルの要素がありますが、シオンという滅茶苦茶な行動をするAIが起点になることで、ミュージカルが違和感なく始まります。

このシオンは試験の一環で高校に通うことになり、試験をするとは思えないくらい不自然な言動をとるのですがその理由は後半に判明。トオルにだけ「それは命令ですか?」と聞くことも伏線であり、それが分かる流れも丁寧でした。

『アイの歌声を聴かせて』は現実よりもAIが普及した世界ですが、高校生のサトミでもAIを緊急停止できるアプリ?のようなものが使える世界でもあります。

後半シオンは危険なAIとして、シオンの体を作った星間エレクトロニクスに拘束されました。

そのことにサトミたちは憤りますがカメラに自分が映らないようにしたり、太陽光発電のある施設への細工や花火を打ち上げなど、シオンというAIを好意的に見えずらくする暴走扱いされてもおかしくないことをしています。

高校生でもAIを緊急停止できるということは、AIの危険性についてある程度周知や対策がされている世界と考えられます。

それなのにシオンが拘束されたことに対して、シオンの緊急停止機能を切ったトオル以外のキャラクターも、怒りや不満の感情しか見せないことには違和感がありました。

また終盤は星間エレクトロニクスに奪われたシオンを助けようとビルに乗り込む展開になるのですが、今までのシオンが周囲に良い影響を与える学園ミュージカルから地元の大企業(シオンを危険視する大人)に一泡吹かせる別の映画になってしまい、それまであった良さを失くしてしまっています。

この乗り込んだ後の行動も行き当たりばったり感があり、それまでの丁寧な展開とは全く違うものになっていたのに加え、尺も長かったのでダレる部分でした。

AIを緊急停止できる手段が存在し高校生でも使える社会で、シオンも自由奔放では済まないレベルのことをしているのに、AIに否定的な西城がただの嫌味なヒールになっていたのも残念です。

AIに人格があるとすると

シオンの正体は昔トオルが作ったAIです。

自分が消されることを理解してネットに自身を回避し、試験のために用意されたAI用の体を見つけ、それがサトミの通う学校に行くことを知り、その体を利用してサトミの幸せにしようとするのがこの映画の始まりでした。

シオンはこの体を手に入れるまでもトオルの『サトミを幸せにする』という命令を実行するため、トオルのことを様々なカメラを通して見ていたことが明らかになります。

このことが判明する場面は感動的に演出されていましたが、シオンを人格がある人間と対等な存在として見ると、監視やストーキングのように見えて気味の悪さを感じました。

またシオンは体を得る過程で、『本来シオンの体に搭載されるはずだったAIをどうしたのか』という部分も、すべてのAIに進化の可能性がある前提で見ると人格を乗っ取ったように見えて引っ掛かります。

話は変わりますが異世界に転生する作品で別人に転生する場合、転生先がゲームの世界だったり前世の記憶が目覚めたという流れにすることで、他人の体を乗っ取っていることへのクッションにしている作品は珍しくありません。

他人の人格を乗っ取るというのはそれだけ残酷な行為ですが、AIであるシオンがそのことをどう認識しているのかは分からないままです。

シオンは無邪気なAIであると同時に、人格を持った存在としても見られていますが、劇中ではこの2つが話の展開で使い分けられているように感じました。

各キャラクターの描写

シオンと直接関わるキャラクターのほとんどは、シオンによってプラスの出来事が起きています。

ゴッちゃんとアヤはぎくしゃくした関係を修復でき、サイダーは初めて試合で勝つことができました。

その反面シオンの影響を最も受けそうなサトミについては、描写に物足りなさを感じたのでそのことについて書いていきます。

サトミは公式サイトでも『学校で孤立している』とあるようにクラスでも浮いていて、シオンが見たカメラ越しの映像の中にはいじめと思われる描写もありましたが、映画開始時点でどのくらい浮いているのかははっきりしません。

完全に浮いたままなら演劇部の衣装を借りれるのは不自然にも見えますが、その辺りについての描写はありませんでした。

疎遠になったトオルとの仲が戻り、アヤたちのような新しい友人もできましたが、学校では変わらず孤立した存在のままなのかは分からないままです。

上記のいじめらしき描写や一人で昼食をとり、サトミと接点の無さそうなトオルと同じ電子工学部の部員からも『告げ口姫』と呼ばれるなど、サトミが学校で浮いている描写は丁寧な反面、シオンがやって来てどう変わったかの描写はないため、サトミについてはスッキリしない終わり方をしました。

このスッキリしなさは、サトミに近い関係のトオルや美津子は影の主人公といってもいいくらいの出来事が起きていることと対照的なため、悪目立ちしている部分があります。

トオル

トオル基準で見ると昔作ったAIが実は消されず独自に進化して、疎遠になった幼馴染との仲を取り持つという素晴らしいオチで映画は終わります。

そもそもトオルは学校のカメラを操作したり、シオンの緊急停止機能を切ることができるほど優秀ですが、クラスではパッとしない側。

勉強も運動もできて、空気を読んでコントロールすることも上手いゴッちゃんを羨ましいと思っていますが、そのゴッちゃんはやりたいことのはっきりしているトオルを評価し羨ましく思っていました。

トオルはサトミとの仲をシオンだけでなくそんなゴッちゃんからも応援され、自分の技術でシオンやサトミを助けることができるため、『アイの歌声を聴かせて』はトオル視点だとものすごく陰キャに優しい映画です。

美津子

サトミの母である美津子は影の主役といってもいいキャラクターです。

序盤から生活費の管理を主人公に任せていたり深夜帰りが当たり前なことで、『娘とちゃんと関われているのか』という点で伏線になっていました。

秘密にしておかなければならないシオンの存在を、サトミが家の予定表で知ってしまうのも、美津子が社内で余裕のない立場いるからとも考えられます。

というのもシオンは試験中のAIであることがサトミにすぐにばれるのですが、サトミは美津子のためを思ってシオンのことは黙っていました。

後半シオンが星間エレクトロニクスに拘束され美津子は落ち込みますが、美津子視点だと『娘が自分に話をしなかったのは、仕事にかまけていた自分に原因があるのでは?』となる構成になっています。

落ち込んだメンタルはシオンの正体が切っ掛けに復活しますし、会長の「今度は正式に許可を取れ」の許可が何を指すのかあやふやですが、キャリアの面でも娘との距離の面でもプラスの出来事が起きています。

このようにトオルや美津子にスポットを当てると、シオンの出会いを通じて物事がいい方向に進むのですが、肝心のサトミについては学校での立場がどう変わったのかがはっきりしないため、視聴後のスッキリしない感覚の一因になっていました。

振り返って

サトミやAI関連の描写、終盤のシオンを取り戻そうとする流れに違和感があり、そこはもったいないのですが『アイの歌声を聴かせて』は終始つまらない映画ではありません。

すぐにAIであることがバレるシオンを中心にしたドタバタ劇から始まり、ミュージカルをしながらキャラクターの悩みを解決する様子は見ていて爽快感があり、「青春してるなあ」と思える内容です。

本編開始直後の映像が伏線であることや、シオンの言動が試験のために作られたAIとは思えないことがの理由が判明する流れも見事でした。

AIやAIと人の関わりをテーマにした作品が好きた人なら、見て損のない映画です。

また関連作品としてノベライズやコミカライズも存在し、コミカライズの表紙は百合っぽさを感じるものになっています。

アイの歌声を聴かせて (講談社タイガ)アイの歌声を聴かせて(1) (アフタヌーンコミックス)

© 吉浦康裕・BNArts/アイ歌製作委員会